『物は言いよう』書評欄編(ヘン) [一般書]
オンライン書店のサイトで書評を書くとポイントがもらえるんだよね。
近ごろの私は、カードやメール受信など、“ポイント”という言葉に目がキラキラ状態。bk-1で解説ページを読んでいたら、なんとなく“『物は言いよう』の書評欄”へたどり着いてしまった。
というのは前置き。
スゴイ、11人も書いてる。
でも、読んでて、な~んか違和感。
みんな、偉そう。
そもそも書評が中身を、著者を“見下ろす”ような立場になるのはしかたのないことかもしれないけれど、なんでこうなの。
と思ったら、やはり中身の“フェミ・コード”というキーワードに皆、反応しているのだった。
せっかく斉藤美奈子さんが“フェミニズム”と言わずに、「フェミ・コード」という新しい言葉に変換してくれているのに。
とくに男性陣は、反発が強いように感じる。
大方は応援している側として書いているようだけれど、な~んか微妙。小難しい理論をもってきて、この本のキャッチフレーズではないけれど、“ダメ出し”をしているようなのもある。
ん~~、そんなお堅いスタンスで読むような本――べつに見下げているわけではなくて、「これは実用書です」と作者も明言しているじゃないの。
社会で、つい男性が(女性も)やってしまいがちな「異性がムッとするような言動」を、例を挙げて対処法を示しているだけ。だから、同じことをしても(言っても)、相手によっては、“セクハラ”と言われ(思われ)ないかもしれない。でも、パーセンテージとしては高い確率で、女性は(男性も)、怒りモードになったり、気持ちが冷えたりすると思うよ、と作者は言っているわけ。
「実用書として使えるか、使えないか」
そんなスタンスからも、評を述べてほしかったなぁ、と思う。
まして、とりわけ“ジェンダー・フリー”と絡めて批判しているような人には。(ホントにきちんと読んだのか? と問いたい気分。最初から批判する予定(つもり)で読み進めていては、作者の意図をくみ取ることはできないと思うけど。)
今、人々の頭のなかにある“ジェンダー・フリー”の中身、加えて“ジェンダー・フリー教育”の間違いも、本のなかで、ちゃんと正しているのだから。