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 バリー・マニロウ [音楽]


アルティメット・バリー・マニロウ

 フェリシモで取っている「ブックポートクラブ」という冊子があるのだけど、ここでバリー・マニロウのベスト盤が紹介されていた。

 久しぶりに聴きたくなった。

 でも、そこに紹介してあった『歌の贈りもの~ベスト・オブ・バリー・マニロウ』よりも、『アルティメット・バリー・マニロウ』のほうが評判はよさそうだ。なにより原盤の日本語盤だし、選曲もこちらのほうがいい。

 何年か前に、『Singin' with the Big Bands』の日本盤を買って、よく聴いていたのだけど、これに近いのが『2:00 AM Paradise Cafe』なのかな。ジャジーで、いわゆる“大人の世界”。

 「コパカバーナ」を初めて聴いたときも、そうしたオトナの雰囲気にやられたものだった。

 先月は、音楽CDにかけた金額が、いつもより大きくて、今月は締めなきゃならないんだけど……でも、冬に、とくに年末に聴きたい感じだよねぇ。

 


 「SF Japan」てムック本だったんですね [書籍、雑誌]


SF Japan (Vol.10(西暦2004冬季号))Roman album

SF Japan (Vol.10(西暦2004冬季号)) (Roman album)



 少し前に、新聞でこの本の“【憑依都市-The haunted】プロジェクト”なるものが紹介されていて、俄然、興味を持った。bk-1で調べてみたら、


 山田正紀、牧野修、森奈津子、瀬名秀明、吉川良太郎、津原泰水の六人が中核となり、特異で且つ娯楽性に満ちたシェアド・ワールド設定を、あらゆる書き手(描き手)と出版社に解放していく注目のプロジェクト

プロジェクト《憑依都市》


だそうな。

 面白そう。すべてが大好き、な作家さんではないけれど、今、もっとも乗ってる人たちには違いない。とくに、森奈津子さんが入ってるのがウレシイ。

 さらには、この他の作家さんたちも参加してくる可能性がある、という点が、期待感充分。

極東版の《クトゥルー神話》

の試みとも申せましょう

 PDFファイルのこのキャッチコピー!?に、心躍る今日このごろ。(^_^;)


Amazon→

bk-1→

SF Japan Vol.10(西暦2004冬季号)(Roman album)


出版社 徳間書店
発売日 2004.12
価格  ¥ 1,800(¥ 1,714)
ISBN  4197202369

bk1で詳しく見る オンライン書店bk1


 ステレオが壊れた [音楽]





 先日、“SACD=スーパー・オーディオCD”について触れたけれど、それ以前の以前、“あの”悪名高いCCCD=コピーコントロールCDのせいで――☆α==(・・#)パーンチ――ステレオがとうとうイカレてきてしまった(らしい)。(T^T)

 無理をしていたからなぁ。無理矢理CCCDやレーベルゲートCDをつっこんでたから……。デスクトップを起動する手間を省いた私がバカだった。PCのスピーカーなんぞで音楽が聴けるか、なんて意地張ってた私がアホだった。

 「すでに使命を終え」なんて阿呆な理由でコピコンCDは消滅したけど、遅すぎた。代償はあまりに大きい。大きすぎる~、なんとかしてくれ~!

 むしろ、オットが知人からもらった、“コピーされた音楽CD”のほうがちゃんと再生されてる、って、いったい、どういうこと?

 そうしたCDばかり(!)かけるオットのステレオが何ともないなんて。

 聴きたい音楽がコピコンだったばっかりに、私のステレオは……。

 あ~あ、バカ正直に“購入”してた私ってば。

 単にレコード(CD)会社の儲けを増やしていただけ?


 【bk1の100冊】お客様が選ぶ50冊、に載った [書籍、雑誌]


 とくに熱心にコメント書いたわけでもなく……、熱烈支持のつもりもなく……、でもこういうの好きだし、本に関しては、やっぱりちょっと関わりたい。

 そんな軽い気持ちで“次の世代に残したい1冊”に、『アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)』を推してみた。

次の世代に残したい1冊

オンライン書店bk1

 いや~、載るとは思わなかった。けっこう恥ずかしいものです。ノリで書いてしまったからよけいに。

 でも、うれしい。ヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノ



アラビアの夜の種族
古川日出男著

出版社 角川書店
発売日 2001.12
価格  ¥ 2,835(¥ 2,700)
ISBN  4048733346

bk1で詳しく見る オンライン書店bk1

 この本、以前に感想書いたかな……。(◎-◎)


 吉田美奈子 [音楽]


 新譜が出たよ~

VOICE IN THE WIND (SACDハイブリッド盤)

VOICE IN THE WIND (SACDハイブリッド盤)

とのお知らせを受け取ったと思ったら、

 もう次が出るそうな。といっても、『VOICE IN THE WIND』は、11月のリリースだったんだけどね。

12/22発売:『GOLDEN☆BEST

 タイトルからして、ベスト盤。あの永遠の名曲『夢で逢えたら』が入ってる~。ラジオなどで聴くことはあっても、すべてのアルバムを持ってるわけでもなく、自宅で聴くことはなかった。

GOLDEN☆BEST

関連して知ったこと。

“スーパーオーディオCD”とは何ぞや?

 タイトルに(SACDハイブリッド盤)とあったので、調べてみたら……。

http://www.phileweb.com/products/super-audio-cd/whats-sacd.html

 要するに、音楽CDの音質をさらに充実、ハイクオリティにするための規格、ということか。

 私のショボい耳とショボいステレオと針でも、アナログ盤=いわゆるレコード盤とCDの音の違いは、わずかだけどわかるくらいだから。

 たまにアナログ盤をかけると、キーンと突き抜けるような、天井を突き抜けて空まで飛んで行くようなワイド感が広がる(ことがある)。

 CDも所詮はいっときのデバイス?、メディアだというし、アナログ盤に負けじ劣らじの音を追求して欲しいですよね。


 ライトノベルも好き [論説本]


ライトノベル☆めった斬り!

ライトノベル☆めった斬り!

 大森望さんは好きな翻訳家なので、この人がオススメ!(“めった斬”ってるけど、タイトル)と言ってるものには、つい触手が動いてしまう。(創元推理文庫のダーコーヴァ年代記以来、この訳者のファンです)

 とはいえ、すべてを手に入れてたら家計がめちゃめちゃになるので、図書館等で借りるようにして、購入はセーブしてるんですけどね。

 『ライトノベル完全読本 (日経BPムック)』は、書店で見て、まぁ一般的な紹介本だったので、買うのはやめました。『文学賞メッタ斬り!』でも大森さんが言及してるので、いざとなればそれを頼りに読もうかと考えていたのだけど。

 でも、これはちょっと違うアプローチのもののようで、ぜひ手に入れたい。現在のライトノベル隆盛に至るまでの道筋も教えてくれるらしい。


 今、書いてて思わず懐かしいなぁ、とつぶやいてしまった、ご本人訳の『ダーコーヴァ年代記』も出てくるかしらん。

 (これ、本屋サイトで調べても全然、出てきませんでした。完全なる絶版? 結構、面白かったんだけど。大森さんの訳がよかったから?

 ファンはいるもので、グーグルで調べたら、結構なページがありました。

 代表をひとつだけ。

※ダーコーヴァ年代記、参考→http://www.ayati.com/KONOMI/darkover.htm


 “学力低下”がなぜ悪い 続き~読解力は [ニュース・クリップ]


 昨日の続きを少々。

 たしかに「読解力」という点では、ちょっと困った事態かな、とも思う。私の通う文章教室では、講師がいつも「日本は国語教育をおろそかにしすぎる」と苦言を呈するのだけれど、活字離れを言う前に、減ってしまった国語の時間を元に戻してもいいのでは。

 そうはいっても、文法中心では何の意味もないので、よくいわれる「文章を味わう」授業を増やすのがいちばんいいのではと思う。どんな短文でもいい、ちょっとした文献を与えて、思ったこと感じたことを書く、というような。小説だけでなく、たとえばカタログの説明文みたいなものでも、立派な教材になると思う。

 と、ここまではいいのだけれど、これにも問題があって、“評価する教師の力量が伴わないと、むしろ逆効果”ということもある。『清水義範の作文教室/ハヤカワ文庫JA』のなかで、著者がとてもいいことを言っている。それは、“添削はいいが、元の文章がなくなるほど変えては、個性=よさが消えてしまう。といって、テーマ性=内容まで踏み込むと、“作文”授業ではなくなってしまう。”

 私も昔、PTA新聞に載せるという作文を、思いっきり“添削”されて――それもとてつもなく“優等生”的なものに――「これは私が書いたんじゃない」「私の作品じゃない」と反発を感じたことがあった。

 思うに、いちばんいいのは、やはり「本を読むこと」だと。

 娘の中学校で“朝読(書)”をやっているが、大いに賛成。(娘の担任は「無駄だ」と、へいちゃらで子どもたちの前で言ってるらしいが。)

 読解力をつけるためには、やはり、まず多くのさまざまな文章を読み込まなければ、だめだろうし、読解力がつけば理解力も増す。ぐるっとまわって、最初に書いた「国語教育がいちばん大事」という(私の通う文章教室の講師の)発言につきると思う。


清水義範の作文教室 (ハヤカワ文庫JA)


 “学力低下”がなぜ悪い [ニュース・クリップ]


http://www.asahi.com/edu/news/TKY200412070167.html

 新聞を開いてみたら――って、トップニュースだから開くまでもないんだけど――

日本は数学6位、読解力14位に転落 OECD学力調査

って文字が飛び込んできた。

文部科学省は日本の学力について初めて「世界のトップレベルとはいえない」との表現を使い、厳しい現状認識を示した。

 だそうな。

 で、思ったのだけど、「どうして、いつもトップレベルでいなくちゃいけないの?」ってこと。

 だって10位のなかにはイギリスだってドイツだって、いや、アメリカだって出てこないんだぜ? なのに、超優秀=エリート、とされる人材は、これらの国から出てることは明々白々。

 もっとも、それぞれの国のメディアでは、日本のそれと同じように「ゆゆしき事態云々」という記事も多かったようだから、まぁ、反応としては、こんなもん、なのかもしれないが。

 折しも、〔ビデオニュースドットコム→http://videonews.jp/〕で、「ゆとり教育は間違っていたのか 」という刺激的なニュースを見たばかり。ゲストの寺脇研さんが言うには、「学力は上げなくちゃならない。それは正しい。けれど、学力というものを、どうとらえるか」。

 “読み書きソロバン”という言葉があるけれど、100ます計算に代表される計算力があればいいのか、ってことだよね。つまり、計算が速ければいいのか。

 ちなみに、ウチの子は、計算がすばらしく遅い。自慢できるほど(!?)おそい。なので、計算の多いテストでは、たいてい最後まで到達できずに空欄のまま、提出することになる。したがって、点数も稼げない。

 小学生のころ、近所のお母さんに「一緒にソロバン塾へ行かない?」って誘われたのだけど、(今どきソロバンでもあるまい)と考えてしまって、行かせなかった。

 私自身の経験から言うと、たしかに算盤を覚えると、計算は速くなった。ので、今頃シマッタ、と思っているのだけど……。でも、時間をかければできる。時間がかかるけれど、じっくり取り組めばやれる。苦手な数学でも、ちょっとコツというか、注目点を指摘してやると「あっ、そっか」と気が付くことが多い。まったく理解できないとういわけでもないのだ(って、自慢?)(いや、つまり時間的余裕があればOKという子も多いのではないかと)。



 それはともかく。

http://www.asahi.com/edu/news/TKY200411020294.html

中山文部科学相は2日、教育現場で競争意識を高めてもらうために新しい全国学力テストを実施する考えを小泉首相に伝えた。

 これはないんではないかと。

 数年前、〔偏差値教育の弊害を鑑みて全国統一テストを中止〕したんではなかったっけ。競争で疲れた子どもたちがストレスのはけ口としてイジメに走ったり、(一部が)不登校になったりしたことを忘れたんだろうか。あるいは平気で人殺しまでするような人格(といっていいのかどうかわかりませんが)に育ったりしたのも、あまりに激化した“競争”のためだと言われたのは。

 上に挙げた寺脇研さんが尽力して統一テストを廃止したそうだけど、また逆戻り?

 他に上っていたのは、

全国テストのほか、(1)教育基本法の改正(2)教員免許更新制や専門職大学院の創設で教員の質を向上させる(3)市町村教育委員会に人事や予算などの権限移譲を図る(4)外部機関による学校評価制度を確立させる――などの施策を2年間で推進すると表明した。これらの多くは、河村前文科相が打ち出した教育改革案を踏襲している。

 このうちの(2)と(4)は、ぜひやっていただきたい、と思うけれどね。


 ヨン様キャーッ、世代って [ニュース・クリップ]


 ニュースで、ファンが怪我をしたって出てた。笑顔で会見が謝罪の場になってしまったと。

 まぁ、それはいいとして(よくないかもしれないが)。

 「中高年がいい年をして」と苦言を呈する人がいるけれども、その中高年世代って、好きなアイドルに向かって「○○ク~ン、キャーッ!」というのが得意、というか身に付いてる世代なのではないかと。

 こんなことは、もうとうにどこかの評論家が書いてるかもしれないけれど、

 遠くはビートルズ、卑近なところでグループサウンズ、フォーリーブスなどのジャニーズ系、そして、これは私の友人がそうだったのだけど、郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹の御三家、のファン、追っかけの女の子たちって、まさしく熱狂! タイプ。

 この人たちが、今、子育ても一段落して、何か夢中になれることは……と周囲を見まわしたときに目の前に現れたのがヨン様。

 ってことなんじゃないかと。

 話を聞いてると、冬ソナのファンとヨン様のファンて、重なりそうで、微妙にずれているような気もする。純粋(という言い方はなんだけれど)なドラマのファンと、そこからヨン様~! へ発展していった人は、世代も少し違うような……。冬ソナは20代でもハマってる人はいたけど、ヨン様~、となるのは40代以上ではないかと。新聞によると70代、80代の人もいるらしい。

 いや、まぁ、私の勝手な見方、見聞したことでしかないんですけどね。


 最近の、あの事件ですが [ニュース・クリップ]


 昨日、めずらしく朝からテレビをつけていたら(つけたのはダンナだけど)、先日の19歳と28歳の男性による“親殺し”にからめて討論会をやっていた。藤井誠二さんが出ていたので、お! と思ってしばらく見てしまったのだけど。

 彼の発言の「本当は自分を殺したい。けれど、できない。だから、殺意を親に向ける」に、ぐさりときた。いや、以前にも彼の著書で読んだことがあるんだけどね。アンテナにも登録してある〔ビデオニュース・ドットコム〕にゲスト出演してたときも、同じ言葉を口にしてたし。――まぁ、そこまでせっせと言わなければ、“世間”がなかなかわかっってくれない、ってことなんだろう――。

 思ったのは、殺意の中には“自分をこんな風にした”親に対する気持ちも(多少は)あるのでは、ということ。なにせ、覚えのある感情だから。

 彼らはいわゆるひきこもり、だったそうだけど、斉藤環さんによると、圧倒的に男性が多いそうで。不登校で家にいる数は、男女あんまり変わらないとも聞くけれど、それが長引いてしまうのが男性、ってことなんだろうか。

 最初に思ったのは(彼らの家庭内のことをなんにも知らないで言うなんて、とっても乱暴なことだけど)、「小さい頃から家事をやらせればよかったのに」ってこと。

 自分の部屋の片づけとか掃除、お風呂洗い、庭の手入れ。新聞を取ってくることから、食事後の食器洗い、いや、その前に食事の準備の手伝いなんかもある。

 えらそうなことを言って、ウチの娘はその半分もやってないけど、日常のこまごましたことを体験してくのって、大切なんじゃないかと。男女変わらず。

 男性も自分の身の回りのことはやって(できて)当たり前、って意識が多少は浸透してきたかな、といったところの現在。それでも、まだ以前の価値観というか、男の子の(ダンナの)世話をしてしまう母親(妻)とか多そう。

 「仕事に行け」とか「社会に出ろ」と言う前に、家にいるのなら手伝って、という風に持っていったら、どうだったんだろう……と考えてしまう。


 私も祖母に「勉強してこい」と言われたクチ。宿題やテスト勉強に疲れて台所へ降りてゆくと、「手伝わんでいい」みたいなことを言われたこともある。

 でも、生活に関わる小さな行動は、「お手伝い」の範囲だと、ちょっとした骨休めになったり、ここは学校とは違うひとつの国(世界)なんだなぁと感じてホッとしたり、できたんだよね。

 主婦の今は、そんな呑気なことは言ってられませ~ん!けど。

 とはいえ、一般的に、女の子は当然のように「お手伝い」をさせられるだろうけど、男の子はまだまだそうした意識が浸透してるとは思えない。坂本廣子(ひろこ)さんの「台所子育て」が話題になったのは、娘が生まれたころだけど、その年代の子どもたちは、ちょうど今の中学生くらい。

 小中学校の「技術家庭科」が「技術」=男の子、「家庭」=女の子でなくなったのがいつごろからなのか、よくわからないけれども、カレーライス作りやリンゴの皮むきなどを、クラス全員(つまり男女一緒になって)やってる姿は、ほほえましいし、逞しいなぁとも感じる。

 ぞうきん作りで針を持ってチクチクやってるのも、ウチの子どもに聞くと、「べつに男の子だからって下手なことはないよ」。つまり、差を感じることがないんだろう。「女の子だって、不器用な子はいるし」。そう、数学などの教科とおなじで、一緒にやるのは当たり前という意識になっているんだろうね。

 なんだか話がそれていってしまったが、強引にテレビの内容に戻すと、寺脇研さんの発言「総合学習も、学校を出て、広くいろんな人に出会ったり、いろんなことを経験する場を与えてやりたいってことなんです」というのに集約されると思う。家庭でのこまごました“仕事”も、宮台真司的にいえば「学校的価値観」から解放する役割をしてくれるのでは、と思う。

 なあんて、私自身「学校的価値観」に縛り付けられてるところ多し、な人間。反省しなきゃ。

 そうは言っても、どうすればいいのかなぁ……。いわゆる“お稽古ごと”に行かせるとか? 単純なことしか考えられない私。


坂本廣子さんのプロフィール:よみうり子育て応援団

http://osaka.yomiuri.co.jp/mama/ouendan/menber/menber_18.htm

著作:(bk-1)

坂本広子の台所育児
坂本広子著



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