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 『どれみふぁワンダーランド』~沖縄先生 [音楽]





 もうYouTubeに上がってる?――そういえば、再放送でした。


D


 夏ごろに、ひょんなことから見始めて――『名曲探偵アマデウス』以来、“音楽バラエティ"番組に眼が行くようになってしまい――すっかりハマってしまった。

 本放送は、すごく少ないのだけど、『アマデウス』同様、時系列関係なく再放送をやってくれるので、ありがたい。番組表のチェックを怠れない。(^O^)

今までの放送~NHK「どれみふぁワンダーランド」


 毎回、クオリティ高くて、録画を残しておきた~いと思ってしまうくらい。(HDDが古くて容量がないので、仕方なく消してます(>_<)。)昨日、見たのは特に凄いと感じた。

 ……のは、↑上に貼ったコントに、娘がメチャ受けしたからかな。

 いや、私も受けたけど。(^O^)

 『砂山』のオケ演奏も聴き惚れたけど、↑続けて流れるようになっている「ハッスル」も、懐かしくてつい踊りたくなってしまった~。


 ホンモノのバラエティって、こういうもののことだね。

 他にも(YouTubeで)探してみようっと。(o^^o)


 『関係する女 所有する男』 斎藤 環 [論説本]





 図書館で借りて、ギリギリ読了。早く返しに行かないと。(苦笑)


 感想をひとことで言えば、面白かった!

 タイトルが、例のベストセラー本、『話を聞かない男、地図が読めない女』をもじったものであることは明白だけれど、売らんかなの戦略だけではなかった。むしろ、この本のテーマそのものであることが分かって、ビックリ。

 ええんか? そんな風に断定してしまって。


 でも、こちらの“区分け”は、生物的に脳みそがそうなっている、ということではなく、社会的に、そう育てられた存在、そう教育された存在、という意味合いらしい。

 ある意味、目からウロコ的なキーワードだと思った。

 分かり易いし(笑)。



 第1章、第2章あたりで、脳論のような、単純な男女の区分けによる性質の違いを述べてしまうこと、それにさらにジェンダーを絡めて論じてしまうことに対して、批判を加えている。その辺は痛快。

 ただ……。今やトンデモ認定されているらしい『~地図が読めない女』だけれど、巻末の方に“男脳度、女脳度を計るアンケート”が添えられていて、著者たちだけでなく、日本の訳者もトライしている。結果は、それぞれ現実の性とは関係なく、“脳度”が反転してしまったことが載っている。

 日本人の女性の訳者も、「男脳度70%と出てしまった」と書いている。

 私もやってみたのだけれど、この訳者と同じように、男脳度のほうが高く出てしまった。

 これは一体どういうこと?

 当時は、気楽なネタ本として読んでいたから、さもありなん、と安易に考えていたけれど……。つまり、ここで語られている男脳女脳というのは、社会的に形作られた“男性的(女性的)だと考えられている行動や思考形態”のことなのかと。



 翻って『関係する女~』。

 文中で単に「女」と書かれてしまうと、どうしても自分自身を含めて現実の、外見的、生物的な女性、を思い浮かべてしまう。難しい。

 先程も書いたように、ジェンダー論なので、そうした“女性”がいかに狭い枠にカテゴライズされてきたか、そうしむけられて――教育されてきたか、と言いたいのだとは思う。


 ただ……。第3章(第4章だったか)あたりの、著者の専門、精神分析を用いた論考になってくると、少々付いていくのが大変。

 というのも、そもそも西洋から来た「フロイト」「エディプス・コンプレックス」「ファロス」「去勢」等々のキーワードで語られる現象が、よく分からないから。

 現代の日本には当てはまるのだろうけど、近代以前の日本にも当てはまるのだろうか。

 おかみさんが強かったと言われる、お江戸の男性陣にも当てはまるのだろうか。食事の支度、育児もせっせとこなしていたと言われる、江戸町民の夫たちにも?


 ……歴史物をせっせと読んでの勉強中なので、それこそトンデモなことを書いているのかもしれない、と思いつつ。

 もちろん、現代の人々の「行きづらさ」を視野に据えての論考なのだろうから、そうしたツッコミは的外れなのかもしれないけれど。

 

関係する女 所有する男 (講談社現代新書)

関係する女 所有する男 (講談社現代新書)


 などと書いてきたけど、別に批判しているわけではなく、こうした新しい切り口で、“ジェンダー”なるものを論じられるのは、新鮮だしありがたいと思う。

 昨今、流行(?)の“脳みそ中心に物事を考える”風潮に、釘を刺したという意味でも、なかなか楽しいし。



 あと1つ。村上春樹の『海辺のカフカ』で、図書館でのフェミニスト2人連れがやってきて、一悶着起こるシーン。

 彼女たちの、やや冷酷な描写と、同じく冷たい大島さんの応対。自分としては、大島さんというキャラクターは好きなのだけれど、ここでの“彼女”の言動には、少しばかりモヤモヤ感があった。

 その辺を、村上春樹のフェミ論者に対する態度が出ている箇所だ、と談じているのは、なかなか興味深かった。

 そっか、ハルキはフェミニストが嫌いだったのか……。


 ハードルは高い、多い? [つぶやき]





 形容詞で「ハードル」を使うときって、「(ハードルが)高い」んじゃなかったっけ~と。

 今朝方、新聞を読んでいたら、「(ハードルが)多い」とあって、んん? んんん???

 となったんだけれども。

 どっちもオーケイなのかな。娘に聞いても、「高いでしょ」と言うばかりだし。

 心配になったから――自分が間違ってるかも――調べてみよう。



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